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津地方裁判所四日市支部 昭和31年(ワ)7号 判決

原告

加藤貢

被告

佐伯豊一

主文

被告は、原告に対し、金五萬円及びこれに対する昭和三十一年一月二十五日より完済まで年五分の割合による金員を支払うこと。

原告その余の請求はこれを棄却する。

この判決は原告において金壱萬五千円の但保を供するときは原告勝訴の部分に限り、仮りにこれを執行することができる。

又被告において右同額の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担としその余を被告の負担とする。

事実

(省略)

理由

成立に争のない甲第四乃至第九号証乙第二乃至第八号証の各記載(何れも一部)に証人小川敏夫、同武笠庄三郎、同尾崎友次郎、同安井信三郎、同伊藤金次、同後藤よね、同水谷清次郎の各証言、双方本人尋問の結果(何れも一部)を綜合すると、原告と被告とは昭和二十三年頃から昭和二十九年二月頃までは隣人として普通に交際していたところ、原告所有建物の一部を被告において買取る契約に関し、双方に意見の相違を来たし、それに基因して双方の間が不仲となり、(一)昭和二十九年三月五日示談のため訴外水谷清次郎、同小川敏夫、同伊藤甚一郎及び原告等が被告宅に集まつた際、被告は原告に対し、「それでも男か」「きんだまがあるのか」等と申し向けたこと、(二)同年八月中頃の夜十時頃、原告方店舗の前路上で訴外尾崎友次郎と被告が些細のことより口論を始めたところ、その場には原告、訴外武笠庄三郎、同安井信三郎等が居合せたが、その際被告は右尾崎に対し「町内には跛と地所泥棒と片輪しかおらん」と申向けたが、右言辞中地所泥棒とは原告を指すものなること、(三)同年十月九日頃中部日本新聞社主催の写真コンクールがあり同日午後二時頃原告方店舗においてモデル嬢の写真を撮つており、二、三十名の人が右店舗内及びその附近に集つていた際、該店舗内において、原告の方に向い稍呂律の廻らない言棄で「地所泥棒」と申向けたことを夫々認めることができる。前顕証拠中右認定に牴触する部分は輙く措信し難く他に右認定を覆すに足る証左がない。原告は、被告の前記言辞は原告の名誉信用を著しく害したものである旨主張するが名誉毀損罪の成立するには他人の社会的地位を害するに足るべき具体的事実を公然告知することによつて成立するものであつて前認定の如き被告の原告に対する言辞は結局事実を摘示することなく公然原告に罵詈悪評を加え、よつて同人の社会的地位を軽蔑する原告自己の抽象的判断を公然発表したものに過ぎないものと解すべきであるから原告が前記言辞を弄したことにより名誉毀損罪は成立せず、刑法第二百三十一条の侮辱罪が成立するものと解するを相当とする。而して原告は名誉毀損に基く慰藉料の請求をしているが、弁論の全趣旨によれば、これは仮りに名誉毀損罪が成立せず、侮辱罪が成立する場合においても、その慰藉料を請求する意思を有するものと認むべきところ、民法第七百九条に所謂権利侵害とは違法な行為と解すべきであるから前認定の如く原告を侮辱した被告はその侮辱によつて原告に与えた精神的損害を賠償する責に任ずべきである。原告は被告に対し、慰藉料として金百萬円を請求するから、その額の当否につき、按ずるに原告は桑名市扇町において、靴、鞄等の販売業を、被告が同町において飲食店を各営んでいることは当事者間争なきところ、前認定の事実に前顕証拠(一部、但し甲第四号証及び同第九号証、証人伊藤金次の証言を除く)、成立に争のない甲第十一号証の一、二、同第十四号証の一乃至三十一、同第十五号証の一、二、原告本人尋問の結果真正に成立したものと認められる同第十三号証の一、二、同第十六号証の一乃至三の各記載を綜合すると、原告は桑名市において商店として相当繁栄し、且つ津市に支店を設置し、相当の資産を所有し、昭和二十四年四月より、同二十九年四月まで桑名市商店街連合会の前身である桑名市商店連盟の役員を、昭和二十九年四月より同三十一年四月まで三重県商店連合会副理事長を各勤めたことがあり、又昭和二十七年十一月二十五日より同三十二年四月十七日現在に至るまで桑名サービス協同組合の理事をしていることを窺知することができるけれども桑名市における有数の資産家乃至有名人とは認め難く、一方被告は飲食店として余り繁栄せず資産も現住家屋及びその敷地並に原告に貸与せる宅地を有するのみで、漸く糊口を凌いでいる実情であること、前認定の被告の言動はすべて酒気を帯びてなされ、殊に(三)の行動は意識を喪失する程度には至らないが、泥酔の状態においてなされたこと、而かも被告が原告に敵意をもつて斯る言動に出ずるには相当の理由ありと推認するに難くない事情が存在することを夫々認めることができる前顕証拠中右認定に牴触する部分は輙く措信し難く、他に右認定を覆すに足る証左がない。そこで以上諸般の事情を考量し、公平の観念に訴えれば、前記慰藉料の額は金五萬円をもつて相当とすべく、なお原告において請求する謝罪公告については被告の前示所為は名誉毀損罪を構成せず侮辱罪を構成するに過ぎないものなること前説示の通りであり、名誉毀損の場合においては民法第七百二十三条により、これによつて失われたる社会的地位を回復するため、謝罪公告の必要が認められるが、前認定の如き侮辱罪を構成する程度においてはその要なきものと解するを相当とするから、この点の原告の請求は失当である。果して然らば原告の本訴請求中、被告に対し、右慰藉料金五萬円及びこれに対する訴状送達の翌日なること記録上明白なる昭和三十一年一月二十五日より完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において、これを正当として認容すべく、その余は失当として棄却すべきものとする。よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九十二条、仮執行の宣言及び同免除の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浜田盛十)

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